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山下達郎『SOFTLY』の鍵は“コンプのかけ方”にあり - サンレコ

山下達郎『SOFTLY』の鍵は“コンプのかけ方”にあり

半世紀に迫るキャリアを持ち、数多くのリスナーに愛されつつミュージシャンからのリスペクトも集めるシンガー・ソングライター、山下達郎。彼が録音作品の制作に並々ならぬ情熱を傾けているのは、本誌が1980年代よりお伝えしてきたことからも明らかだ。6月にリリースされた11年ぶりのオリジナル・アルバム『SOFTLY』は、AVID Pro Tools|HDXシステムで作られ、イン・ザ・ボックスのミキシングを敢行。ドラマや映画の主題歌として既に世に出ていたシングル曲をリミックス(再ミキシング)して収録するなど、意欲にあふれた一枚となっている。レコーディングの一部と全曲のミキシングを手掛けたのは、20年以上もの間、山下のシンセ・オペレーションを担当している橋本茂昭。ツヤと余裕のあるモダンなサウンドを作り上げている。CD、アナログ・レコード、カセット・テープの3つの形態で発売されている『SOFTLY』。現物を前に、山下の拠点であるスタジオPLANET KINGDOMにて本人から話を聞いた。

Text:辻太一 Photo:高橋ヨーコ

ダンス・ミュージック的な構造を導入

素晴らしいジャケットですね。『テルマエ・ロマエ』などで知られる漫画家のヤマザキマリさんが描いたと伺いました。

山下 ヤマザキさんは、もともと画家なんですよ。フィレンツェでルネッサンス期の肖像画を学ばれていて。誰かに肖像画を描いてもらいたいというのは、僕の若いころからの夢だったんです。で、ヤマザキさんと絵の話をしていたときにエンジンがかかってしまい“今度、僕の肖像画を描いてください”とお願いしました。この絵はキアロスクーロという15世紀のイタリア・ルネッサンスの技法で描かれているんですが、彼女は20年ぶりくらいに油絵を描いたそうです。

柔らかい質感が魅力ですね。

山下 そう。これを見て『SOFTLY』というタイトルにしたんです。それにしては、アルバムの内容は特に前半、いつもよりイケイケな曲が多いんだけど(笑)。

そのイケイケの部分……2曲目「LOVE'S ON FIRE」から4曲目「RECIPE(レシピ)」の流れにグッとつかまれたのですが、ああいった80'sスタイルのダンサブルなサウンドは、昨今のUSでもトレンドの一つですよね。

山下 クラブ・ミュージックもブラック・コンテンポラリーもヒップホップも、本質的には何も違わないんです。人を踊らせるための音楽だから、ジャンルによって楽器や編曲が違うだけで、ミニマルな作りやポリリズムの手法とかっていうのは同じ。それはスウィング・ジャズの時代から変わっていません。最近のグローバル・チャートを聴いていても、やっぱりある種の型を感じますよね。リバーブの響き方などもさることながら、コードの数が極端に減ってきている。最初から最後まで同じコードのパターンを繰り返すものが多く、どうやって変化を付けているのかと言うと、一つはメロディを少し変える。あとは、ドラムだけにしたりシンセだけにしたり、全く関係のない楽器が途中で割り込んできたりという“聴覚的な変化”でもって聴かせているんです。でも、それはテクノ全盛の時代も同じようなものだったし、僕はアレンジャー的な目線から常に興味を持っています。だから、今のそういう構造をやってみようかなと思ったのが「LOVE'S ON FIRE」でね。ただ、自分のメロディ・ラインはこれまでとさほど変わらないから、同じことが延々と繰り返される今の潮流をいかにコンバインさせるかが肝でした。

冒頭のコード・リフが全編を通してほぼループで鳴っていて、それとシンクロするようなボーカルやベースが登場します。ハウス・ミュージックのような構造だと思いました。

山下 作り方に関しても、例えば『ARTISAN』(1991年のアルバム)とかは自分一人で打ち込みからシンセの音作りまでやったから、そういう意味では今のクラブ・シーンの人たちと大して変わらないんです。あと、その時々で“音楽的に今の響き方にする”というのを考えている点でも。

最近の音楽の響き方とは、どのようなものですか?

山下 ここ3~4年の音楽に顕著なのは、トータル・コンプが過剰でなくなったことです。トータル・コンプは1970年代の終盤に始まったもので、僕は「BOMBER」(1978年)という曲で初めて使いました。1970年代のマスター・テープはSCOTCHの206とかだったから、ひずませず、なおかつ存在感のある音で録るためには基準レベルの±1.5dB辺りに収める必要があったんです。テープ・コンプレッションで良いようにつぶれてくれたし、みんなそこで音を作っていました。でもAMPEX 456などのハイバイアス・テープが主流になると、やっぱりピークが強くなったからNEVE 33609みたいなコンプが使われ始めたんです。

アタック・タイムの速いコンプでしょうか?

山下 そう。『FOR YOU』(1982年のアルバム)のころは、もう完全にトータル・コンプが当たり前の世界で、それ以降、SONY PCM-3324などのデジタル・レコーダーを使い始めてからは、さらに強くコンプレッションするようになりました。だけど、デジタル・テープからPro Toolsでのハード・ディスク・レコーディングに移り変わると、ファスト・アタックのコンプでさえ間に合わない。だから、どんどんひずみっぽくなるし、天井が低くなる。エコーの伸びも無い。ここ20年近く、そういう不満があったんです。でも今回「CHEER UP! THE SUMMER」とかをミックスし直して聴いたとき、『GO AHEAD!』(1978年のアルバム)をやっていたころのような聴感に近付いてきたなと。まだ完璧ではないけどね。

山下達郎

コンプでにじませる必要が無くなった

Pro Toolsがアナログの聴こえ方に肉薄してきた?

山下 もちろんPro Tools自体の音は良くなっています。例えば『SONORITE』(2005年のアルバム)の時代の96kHzと言えば、ピークは強いわ、音がにじんでくれないわで聴けたものではなかったしね。でも今は、コーラスひとつにしても、セクションの変わり目とかに入れると世界が奇麗に変わってくれる。“新しい音を重ねたら単に加算されて聴こえるだけ”みたいな感じがしなくなったんです。デジタルだから音はちゃんと立っているんですが、コンプでたたいてにじませるっていうのをやらずに済んだし、それでも“これはこれで良い”と思えました。何でもかんでもコンプをかけてからミックスする、という世界ではもはやないんです。

各パートへのコンプレッションも変わったのですね。

山下 そう。これまでとの一番の差異はトータル・コンプのやり方。そして各パートの録音方法……歌やアコギを録る際のリミッターの入れ方とかですね。レコーディング・エンジニアとして長年のキャリアを持っている人には経験則というものがありますが、橋本(茂昭)君とともに最近の音楽を研究していく中で、とにかく彼は最先端技術オタクな上に、25年も一緒にやってるので、彼なら僕の今望んでいるものを実現できるんじゃないかと感じて。それで“ミキシングもやってみない?”と持ち掛けたんです。

歌の録り方はどのように変わりましたか?

山下 さっき話した通り、デジタル・レコーディング以降はピークが強く出るようになったので、とにかくコンプでたたきまくっていたんです。でも、気を付けないと歌の表情が消えてしまう。シャウトがシャウトに聴こえなくなるし、やっぱりひずんでしまうし。ファルセットのように歌う方が楽なんですよ。そういうシンガーが増えたのは、録音機器の特性が反映された結果とも言えるのではないかと。でも欧米には、メタリカみたいな超絶シャウトをどう録るか?みたいなノウハウが既にあって、ここ10~15年は日本の音作りの技術が追いついていなかったのかもしれません。今回、歌を過度にリミッティングすることはなかったんです。録りのときに、ピークを抑えるための最低限のリミッターは入れましたが、ミックスの際にはリミッティングしていない。じゃあどうやってダイナミクスをコントロールしたのかと言えば、“手コンプ”のようなプラグインを使ったりしてね。

スレッショルドを中心に、音量を自動で上げ下げできるフェーダー・プラグインWAVES Vocal Riderですか?

山下 製品名、知らない(笑)。でも、そのプラグインが驚愕で。コンプでたたいているわけじゃないから、音量が引っ込んでもニュアンスが伝わってくるんです。“パコッ”となる違和感も無いし。

インタビュー後編に続く(会員限定)

インタビュー後編(会員限定)では、 本作で自身が手掛けた打ち込みの手法と“グルーブ”の解釈、そして常に新しい音楽を生み出し続ける秘けつを伺いました。

Release

【Amazon.co.jp限定】SOFTLY (初回限定盤) (メガジャケ付)

『SOFTLY』
山下達郎
ワーナー:WPCL-13359~60(CD初回盤)、WPCL-13361(CD通常盤)、WPJL-10155~6(アナログ・レコード)、WPTL-10004(カセット・テープ)

※初回盤はプレミアムCDを含む2枚組。プレミアムCDは、2021年12月3日にTOKYO FMホールで敢行されたアコースティック・ライブの録音から7曲を収録
※アナログ・レコードは2枚のLPで構成。内容はCD通常盤に同じ
※価格は、初回盤4,400円、通常盤3,300円、アナログ・レコード4,620円、カセット3,300円。すべて税込み

Musician:山下達郎(vo、cho、prog、g、ukulele、bouzouki、k、syn、perc)、橋本茂昭(prog、syn)、小笠原拓海(ds)、上原“ユカリ”裕(ds)、伊藤広規(b)、難波弘之(p)、佐橋佳幸(g)、日下部“BURNY”正則(g)、宮里陽太(sax)、山本拓夫(sax)、西村浩二(tp)、村田陽一(tb)、今野均(strings concert master)、牧戸太郎(prog/strings arrangement)、杉並児童合唱団(cho)
Producer:山下達郎
Engineer:橋本茂昭、中村辰也、中山佳敬
Studio:PLANET KINGDOM、VICTOR STUDIO、Sony Music Studios Tokyo、音響ハウス、SOUND INN
※【CD】の参加ミュージシャン/エンジニア/使用スタジオを記載

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